あぁあどうにかなりそうだ。ってときに奴はわたしの視界を掠めて飄々と去って行く。違う、違う、違うんだって理性に誓うのに、こころはなかなか、言うことを聞いてくれない。




スプリング候群




「春じゃのー」

 眩しい眩しい銀色の髪が弾けた、3月の午後。わたしは聞こえなかった振りをして、黙々とガットをラケットに張り続ける。ああ、ああ、春ですとも。今こうして奮闘している額にも、じわじわと汗が浮かんでいますとも。

 コート脇に造られた、小さなプレハブ小屋。テニス部のガット張り替えのためにわざわざ建てられたもの。冷房器具なんて全然無くて、換気扇も無くて、一面しか無い窓からは朝から昼過ぎまでずっと陽が射し込んでいる。そんなこんなでここはサウナ状態。マネージャーのわたしは朝からそんなとこに籠りっ放し。やってらんないっての。

「おうおう、無視か」

 第一コートの柵の前に、ちいさくタンポポが咲いている。春だもんねぇ。それにしても早すぎる気がするけど。なぁなぁ、と奴がわたしの肩をつつく。微かな汗のにおい。スポーツドリンクのボトルを持つ、あの長い指が、わたしの肩に触れている。息が止まりそう。いや、止まらない。

どうにか気を紛らせつつ、張り終わったラケットを掲げてみる。指でぎゅ、ぎゅ、と確かめる。



ぶちっ



「いっ………!!」

 思わず声が漏れた。結び目が甘かったらしい。ガットが1本弾けるように切れて、わたしはラケットを取り落とした。そこでふと気づいて、隠そうとする。しかし遅かった。瞬間奴のおおきな手が、わたしの手首を引っ掴んだ。

「来い。保健室じゃ」
「……別にいい。水で冷やせば何ともなくなるから」
「いいから来い」
「慣れてるの。放っといて」


 奴のそう大きくない目が、更に鋭く細められた。明るい瞳に射抜かれるように、わたしはふと動きを止める。沈黙。奴はわたしの手首を握りしめたまま、柄にもなく黙り込んでいる。これも一つの作戦か。仁王雅治。

「わかったからはなして」、わたしは観念したように言う。
「……ちゃんと保健室行けよ」
「んー、うん」

 生返事をしたら、ぎゅ、と仁王の手に力が入る。手首の方がいたいと言ったら、すまんとか何とか呟いてすぐに放した。お人好しの詐欺師。誘惑されたようで、されていない人間がここにいます。あんたに脳みそを明け渡してたまるか。無意識にあんたの言う通りになんかして、たまるか。


 だから物凄く喉が渇いて、汗ばんで、心臓がくるしいのは、やっぱりきっと、春が芽吹いてきたせいだ。



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あとがき
初!仁王君夢!
とりあえず彼はいつも余裕時々じゅんじょうでいいお←

トリップしたすギル\(^O^)/